【注意】このブログは半フィクションです
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暗闇の中で
中村健一は、地方自治体の公務員として、長年誠実に働いてきた。彼は地元の人々に信頼され、仕事に対して一切の妥協を許さない真面目な性格だった。公務員としての使命感を胸に、昼夜を問わず働き、地域社会のために尽力していた。だが、どんなに立派な人でも、時には間違いを犯すものだ。
その夜、中村はいつものように仕事を終えて帰路についた。長い一日が終わり、家で待つ家族の顔を思い浮かべながら車を走らせていた。しかし、心の中ではどうしても、肩の荷を下ろしたくてたまらなかった。仕事のストレス、家庭の問題、そしてどこかで自分を労わることを忘れていた彼は、ふと「今日は少しだけ、飲んでみてもいいかもしれない」と思った。
夜の闇の中、彼は普段通りの道を選び、近くの居酒屋に立ち寄った。ほんの数杯のビールが、彼の判断力を鈍らせ、気づけば酔いが回っていた。少しだけ、と軽い気持ちで飲み始めたが、結局何杯も重ねていた。その時、彼はもう帰らなければならない時間だということを完全に忘れてしまっていた。
運転席に戻った中村は、よろけるように車のドアを開け、エンジンをかけた。頭の中で家族の顔が浮かぶ一方で、もう少しだけ走りたいという気持ちもあった。酔いは完全に回っていたが、彼は「大丈夫だろう」と思い込んで車を走らせた。だが、酔っていた彼の運転は、やがて悲劇を呼び寄せることになる。
カーブを曲がる瞬間、ブレーキが間に合わず、対向車線に入ってしまった中村の車は、目の前に来た別の車と衝突した。音と共に世界が静まり返り、彼の頭の中で何が起こったのか理解するのにしばらく時間がかかった。幸い、相手車両の運転手に大きな怪我はなかったが、中村はすぐに事故現場に駆け寄り、事情を説明した。
警察が到着し、アルコール検査が行われた。結果は予想通り、中村の血中アルコール濃度は基準値を大きく超えていた。警察官の無表情な顔を見ながら、中村は自分の行動の重さを深く実感するのだった。
公務員としての責任
中村は、その後、すぐに公務員としての職務停止処分を受けた。彼が所属していた地方自治体は、その後の懲戒処分に向けて動き出した。地元の新聞に事故の報道がなされ、瞬く間に中村の名前は広まり、彼に対する非難の声があがった。周囲の人々、特に同僚や上司からは、今までの功績や地元のために尽力してきたことを考慮してほしいという声もあったが、それは次第に薄れていった。
事故後、彼の家族もまた、次第に心を痛めることとなった。妻の美恵子は、最初は彼を叱責したものの、時間が経つにつれ、彼の罪の深さを痛感し、彼がどれほど後悔しているかを理解するようになった。しかし、彼の心に残るのは、今までの努力がすべて無駄になったという思いだった。
「どうしてあんなことをしてしまったのか。」中村は自問自答する日々が続いた。飲酒運転による事故は、彼の人生を一変させた。公務員としての信頼を完全に失い、彼が今まで築いてきたものが一瞬で崩れ去った。
そして、自治体からの正式な懲戒免職処分が下されることとなった。懲戒免職は、彼にとって言葉では表せないほどの痛手であった。長年努力して積み重ねてきた仕事が、この一件で失われたのだ。しかし、それだけでは済まなかった。自治体はさらに、退職手当全額不支給の処分を決定した。これにより、中村は退職後の生活の支援を全く受けることができなくなった。
裁判の中で
中村は、懲戒免職処分については受け入れる覚悟を決めていた。自分が犯した罪には、それ相応の罰が与えられるべきだということを理解していたからだ。しかし、退職手当の不支給に関しては、どうしても納得がいかなかった。自分が長年積み重ねてきた仕事に対する報酬を一切与えないという処分が、あまりにも過酷だと感じたからだ。
彼は、地方自治体に対して訴訟を起こすことを決意した。自分の家族を養い、これからの生活を支えるために、退職手当は必要だと強く思った。しかし、訴訟の結果は彼にとって予想外のものだった。
裁判では、自治体の裁量権が問題となった。地方自治体は、懲戒免職処分の適法性については問題ないとし、退職手当不支給に関しては、地方自治体が持つ裁量権の範囲内であるとして、違法ではないという判断を下した。
最高裁判所の判決は、懲戒免職の適法性については認められたものの、退職手当全額不支給処分については、自治体の裁量権を超えたものとして、違法ではないとの判断が下され、原審の判断が覆された。
令和4年(行ヒ)第319号 懲戒処分等取消請求事件
令和6年6月27日 第一小法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/123/093123_hanrei.pdf