この判例は、大学教員の有期労働契約が無期労働契約に転換されるかを争った事案です。教員が、契約更新後に労働契約法18条の規定に基づき無期契約の地位確認を求めたが、大学側は無期契約に該当しないと主張。原審は無期契約成立を認めたが、最高裁は、大学教員の職務特性や最新の知見確保の必要性を考慮し、労働契約法の適用対象と判断。地位確認請求を認めた原判決を破棄し、審理を差し戻しました。
大学教員の雇用契約とは
奥野は、上明大学で教員として働いていました。
彼の仕事は、学生に教え、研究を進めることです。しかし、奥野の契約は「有期契約」と呼ばれるもので、契約期間が数年ごとに区切られていて、そのたびに更新が必要でした。
奥野はずっと大学に貢献してきた自負があり、安定した地位で仕事に集中したいと考えていました。
そんなとき、彼は労働契約法第18条という法律について知ります。
この法律には、「同じ有期契約が5年を超えて続く場合、無期雇用に転換できる」という規定があります。奥野はこの法律に基づいて、無期雇用への転換を上明大学に申し出ました。
「無期雇用にしてもらえれば、契約更新の不安がなくなり、より安心して仕事ができる」と奥野は期待しました。
しかし、大学側は彼の申し出を受け入れませんでした。
上明大学は「奥野のような教員の契約は特定の任期付きであり、この場合は無期転換の対象にはならない」と主張しました。
また、大学側は「大学教員には常に新しい知識が必要で、そのためには契約を更新することが適切である」とも説明しました。大学は、無期雇用を認めることが教育や研究の質に悪影響を与えると考えていたのです。
奥野は、この大学側の対応に納得ができませんでした。
大学に長年貢献してきた自分が、安定した地位を持てないことに疑問を感じた奥野は、裁判を起こすことを決意しました。
「有期雇用契約5年からの無期転換に認められるべきだ」との奥野講師の要望を大学は受け容れられず、裁判を提起しました
彼は「契約更新が繰り返されてきた以上、無期雇用に転換されるべきだ」という主張を掲げ、地位確認請求を行いました。
裁判の経過(地裁⇒高裁⇒最高裁)
まず、奥野の訴えは地方裁判所(地裁)で審理されました。
地裁は、奥野が5年以上も大学で働き続け、契約更新を繰り返してきたことを考慮し、労働契約法第18条を適用すべきだと判断しました。
そのため、地裁は奥野の無期転換を認め、彼の主張を支持する判決を下しました。
奥野にとって、この判決は自分の努力が認められた瞬間でした。
しかし、上明大学はこの判決に納得せず、控訴します。
次に行われた高等裁判所(高裁)での審理では、大学側は「大学教員という職務は、一般的な職種とは異なる特別なものだ」と改めて主張しました。
大学にとって、教員は常に最新の知識を持ち、変化に対応できることが求められる存在であるため、無期転換はふさわしくないと述べました。
高裁は、この大学の主張を受け入れ、「大学教員には無期契約への転換は適さない」という判断を下し、地裁の判決を覆しました。
この判決に対し、奥野はさらに上告し、最終的に最高裁判所での審理が行われることになりました。
最高裁判決は……
最高裁では、大学教員の職務の特質や、教育と研究における役割についてさらに深く議論されました。最高裁は、大学教員には「学問の進展に合わせて最新の知識を得ること」が期待されるとし、そのためには教員の地位が一定の流動性を保つことが必要であるという考えを示しました。
学問の進歩に貢献するためには、固定的な雇用よりも、変化に応じられる柔軟な雇用が適しているというわけです。
最終的に最高裁は、上明大学の主張を支持し、「大学教員には労働契約法第18条は適用されない」との判断を下しました。これにより、奥野の無期雇用転換の希望は叶いませんでした。
この判決は、奥野だけでなく、他の大学教員にも影響を与えるものです。
任期付きで働く多くの大学教員は、安定した雇用を望んでいるものの、今回の判例は大学における教員の雇用が特殊であることを示し、無期転換が認められない可能性を示唆するものでした。
有期雇用契約5年で「絶対」無期転換できると信じて働いている大学教員には衝撃的な判決です。勤め先、所属先の大学等との雇用契約更新時に無期転換の余地があるかどうかを確認されることも大切でしょう。
【参考】令和5年(受)第906号 地位確認等請求事件 令和6年10月31日 第一小法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/463/093463_hanrei.pdf
★労働法本棚
労働基準法解釈総覧 改訂17版
https://amzn.to/4i4qlcD